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現代 … リモートセンシングの時代



■ 1.国際図

(1).空白が消えた現代

18世紀のイギリスには“地図の空白は目障りなのだ”といって、測量に打ち込んだ測地学者もいたそうですが、彼も今では安心して眠っていることでしょう。もはや空白域は、地球上のどこにも、それどころか月にも火星にも存在しません。すでに標高まで含んだ精密な地図が完成しています。銀河の座標を測定した宇宙の地図作りさえ試みられるようになっています。足跡をしるす以前に地図が作られる時代なのです。

(2).世界図の統一規格

しかし空白域がなくなっても地図作りは終わりません。かつては各国政府が独自のルールを設けて、ばらばらに地図作りをおこなっていたために、いくつもの国にまたがる問題を検討しようとするとき、ひどく不便な状態にあったのです。1891年ベルンで開催された第5回国際地理学会議において、ドイツの地理学者、アルブレヒト・ペンク(1858〜1945)は、統一された国際図の作成を提案しました。1913年のパリ国際地理学会議で決められた規格は、『国際100万分の1世界図』とよばれ、縮尺は1/100万、図法は変更多円錐図法、図幅は経度が6度で緯度が4度として国境線で図葉を区切らない、長さの単位はメートル法、地形は等高線による段彩などの内容でした。

このほかに国際水路局(IHB)や国際民間航空機関(ICAO)(これは書店でも入手可能)も統一規格の地図を刊行しています。

(3).あらゆる情報を地図に

主要国が分担して作成することになったのですが、戦争により何度も中断されたり、支援を渋る政府も多かったため、1962年からは国際連合が情報交換と調整をおこなっています。1970年代初頭には、全ての図葉ができあがりましたが、古い地図を編集しただけの地域や精度が十分でない地域も多いため、現在も改訂作業が続けられています。さらに一般図とは別に、より多様な情報についても地図化されるようになってきました。自然・社会・経済・文化など、地図に描くべきこと、描きたいことは無限にあるのです。


■ 2.飛行機とカメラ

(1).空から見たい

ローマ時代のアグリッパの測量士たちも、広大な帝国を測量棒とロープを持って歩き回りながら、空を飛ぶ鳥に憧れたに違いありません。空から見ればたちどころにわかるのに。いつの時代でも測量士は空から見ることを望んでいました。塔や山に登っても測量に取って代わることはできません。視線が斜めであるし、スケッチでは正確に写し取ることはできないからです。2つの道具、航空機とカメラが必要なのです。

(2).カメラの登場

19世紀、写真術が発明されると、さっそく地図作りに利用する試みがなされました。気球から撮影したり、高い塔からステレオ撮影して建物の位置を割り出したりしていました。しかし広い地域にわたってくまなく実施することが難しかったので、地形図を作ることはできませんでした。

(3).偵察写真

第1次大戦がはじまると、発明されたばかりの飛行機にカメラを搭載して、偵察写真が撮影され、威力を発揮しました。高度や方位それに傾きのデータが記録されていなかったので、そのままでは地形図に起こすことはできませんでしたが、一瞬にして地上にある全てのものを写してしまう航空写真は、臨時あるいは簡易の地図としてさまざまな目的に役立ったのです。

(4).写真から作られたアメリカの地図

航空写真を地形図の作製に利用しようと熱心だったのはアメリカです。広大な国土はまだ英仏のように精密に測量されていませんでした。政府も民間も第1次大戦で大量に生産された飛行機を利用して、航空写真による地図製作に乗り出しました。初期のころは無蓋(操縦席の天井がない)の復葉機を使い、コックピットの底に穴を空けてカメラをセットし、震動を押さえるためにエンジンを切って撮影していました。やがて、連続撮影した航空写真を販売する者も現われるようになり、正規の地形図ではないものの、写真から平面地図を描くことがおこなわれるようになりました。

(5).触れずに測る

最近では、可視光による通常写真の他、雲や昼夜に影響されない赤外線写真やレーダー写真も利用されています。これらの機器を使って、離れた場所から手を触れずに情報を収集する技術を“リモートセンシング”といいます。20世紀は、情報を収集する機械(センサ)、それを乗せて行く機械(飛行機や宇宙船)、集めた情報を処理するコンピュータが著しく発達した時代といえます。

(6).実地調査も必要

航空写真技術がいくら進歩しても、それだけで地形図を作製することはできません。地形図は絵ではなく記号と文字によって抽象化された図面だからです。基準になる三角点の経緯度と標高を精密に測定することや、写真に写っている事物を実地調査して判別していく作業などが必要です。全ての情報が揃ったら、記号化して製図します。これを色分けして製版し、印刷すると地形図が完成します。

(7).スピードアップとコストダウン

測量に航空写真を利用できるようになったおかげで、地形図作製に要する期間とコストは桁違いに小さくなりました。アメリカで発達したこの技術は、第2次大戦後になると、正確な地形図を持っていなかった多くの途上国でも導入されるようになり、短期間で地図を完成させました。基準点の測量と実地調査が不十分な地域はまだかなり残っているものの、世界の陸地はようやく地図の上に正しく描かれるようになったのです。

(画像:航空写真の例)


〜〜〜〜〜 コラム:航空写真による高度測量 〜〜〜〜〜

地上の三角測量では、平面の測量だけでなく標高の測量もおこなわれています。現代の地形図では等高線が描かれていることでもわかるように、標高の情報は非常に重要です。航空写真では平面の測量は簡単におこなえますが、標高はどのように調査するのでしょうか? 原理は立体メガネと同じです。位置を変えて撮影した2枚の写真の位相差から相対的な高度差を求めるのです。そして地上で厳密に測量された三角点の標高に加算することで全ての地点の標高を求めることができます。この面倒な処理は機械でおこなうことができます。ドイツのカール・プルフリッヒとオーストリアのエリッヒ・フォン・オーレルが、立体投影視することによって高度差を読み取る実体座標測定器と作図機を開発したので、容易に等高線を描くことができるようになったのです。

(図:写真から高度差を求める)
航空写真による高度測量解説図1
 横から見た状態 (Pとpは撮影点)
航空写真による高度測量2 航空写真による高度測量3
 [P]から撮影した写真  [p]から撮影した写真

対象物AとBを、高度が等しい2箇所の撮影点Pとpから撮影します。2枚の写真を比較すると、AとBの頂点間の間隔Dとdは長さが違います。間隔の差(D−d)からAとBの高度差を求めることができます。もちろん計算には、撮影高度、Pとpの距離、AとBの距離のデータが必要になります。


■ 3.距離を測る

(1).測量の基本は距離

地図を作るための測量では、緯度・経度・方位角・仰角・距離、などさまざまな項目を測定しなければなりません。この中で最も基本的でなおかつ最も難しいのが「距離」です。

(2).距離計測の歴史

エラトステネスが地球の大きさを計算したときには、おそらく人かラクダで歩測したと考えられています。ローマ時代のころからは、短距離であれば巻き尺、中距離であれば車輪の回転数を数える方法が使われるようになりました。近代になると、角度のほうは経緯儀や六分儀などの光学的測定器が発明されましたが、距離は測鎖とよばれる数十メートルの重い金属製のチェーンが、測量技師の必携の道具になりました。

(画像:六分儀


(3).三角測量時代の基線計測

三角測量が考案されてからは、基線だけ測定すればよくなりましたが、大きな三角点網の基線を測るときには高い精度が求められるため、手間のかかる方法が実行されることがあります。1790年代のドゥランブルは、林を伐採して数キロにもおよぶ完全にまっすぐな道路を作り、材木で高架橋のような構造物を建設し、温度や湿度の影響も考えながら慎重に定規を当てて、2カ月近くもかけて測りました。20世紀前半になっても国家の地形図を作るようなときにはこの方法以外になく、基線測量は測量技師にとって最も困難な仕事とされてきました。

(4).光学計測

精密光学機器が作られるようになると、短距離の測定は光学的方法で測定できるようになりました。スタジア測量は、目標地点に立てた標尺を望遠鏡で覗いて、レンズに写る目盛りの大きさとの比率から距離を計算します。測距儀は、2本のレンズからはいる像を回転式のミラーで合成することができるようになっていて、目標物の像が重なったときのミラーの角度とレンズ間の距離から三角法で距離を算出します。これらは操作が簡単で持ち運びも容易なのですが、有効距離が短く地籍図作製や土木工事の測量程度にしか使えません。

(5).電子計測

長距離の測定には電子技術の発達をまたなければなりませんでした。1947年スウェーデンの科学者によりジオジメーターが発明されました。目標地点に置いた反射鏡に光を当てて、戻ってくるまでの時間から距離を計算するのです。5〜20キロ程度を測定できますが、夜間しか使えず気象条件によって精度が落ちることが欠点でした。55年には光の代わりに電波を使うテルロメーターも開発されました。昼間でも使え、測定距離も伸びましたが、湿度の影響を受ける欠点がありました。66年にはレーザー光線を使ったジオジメーターが開発されました。昼間も使えることはもちろん、気象条件による影響も小さく、空気が澄んでいれば80キロまで測定できます。現在はこのレーザー式ジオジメーターが主流になっています。これら電子式測距儀のおかげで、測量技師は地上の土木工事から解放され、せいぜい観測用のやぐらを組む程度で、1/100万の精度を得られるようになったのです。


■ 4.宇宙からの測量

(1).地球を丸ごと測る人工衛星

航空写真によって、正確な地形図を短期間で作製できるようになりましたが、人工衛星の登場は測地学の分野にも革命的な変化をもたらしました。地図を作製するための地形の測量ではなく、地球そのものを測量してしまいます。

(2).地球を精密測量する

まずはじめは、衛星の軌道測定がおこなわれました。衛星の軌道は地球の重力や形状の影響を受けて微妙に変化します。これを電波で追跡すれば地球の形を測定できるのです。この結果、地球の形は回転楕円体ではあっても、さまざまなゆがみを持っていることがわかりました。北極は20メートルほど突き出ていて、反対に南極はへこんでいました。赤道面でさえ完全な円ではなかったのです。

(3).人工衛星で可能になったジオイド測量

ジオイドの測量も衛星を利用することによって、ようやく十分なデータを得ることができるようになりました。ジオイドとは仮想される海水面のことです。標高を測るときの基準面でもあります。海上では平均海面を用い、陸上ではもしその場所が海であったら(運河を掘って海水を引き入れたとしたら)海水面の高さはどこにあるのかを算定します。海水面は重力にしたがって高さを変えるため、ジオイドは重力と遠心力のバランスした位置を表わします。地球の質量は均一ではないため、回転楕円体に対しては起伏があります。これはかなり大きくて、インド洋モルジブの付近では110メートルものへこみがあり、ニューギニアには80メートル、ニュージーランド南東やカリフォルニアには60メートルのこぶがありました。この原因を解明すれば、やがては地球の内部構造も、摸式図ではなく地図として表わすことができるようになるでしょう。

(4).地球をモニターする

人工衛星に搭載するセンサーが発達してくると、地球の状態をリアルタイムに常時モニターすることもできるようになりました。可視光線・赤外線・重力・磁気などを測定することができます。測定したデータはコンピュータで解析することによって、まさかと思うような情報さえ引き出すことができます。たとえば可視光線の写真を肉眼で視ると緑としか判別できない地域でも、異なる波長の写真を組み合せて解析すれば、畑と森林の区別はもちろん、針葉樹林と広葉樹林の区別、成長度合、そして大気汚染により痛んでいるかまで知ることができるのです。人工衛星ならではの特徴は、わずか数日から2、3週間(軌道傾斜角と高度による)の間に、地球全体を同じ条件で測定できることです。航空機では真似できません。この結果たとえば“ある年のある月の積雪量を描いた世界地図”というような、これまでは絶対に作ることができなかったテーマの地図を作製できるようになったのです。地球を観測する代表的な人口衛星には、1972年から打ち上げられ、高度700〜900キロのほぼ極軌道(地球を縦に回る)を周回して、可視光線と赤外線の写真を撮り続けているランドサットシリーズ、気象監視衛星ニンバス、フランスのSPOT、ヨーロッパのレーダー観測衛星ERS、ノアをはじめとする各国の気象衛星などがあります。

(画像:ランドサットが撮影したハワイ島


(5).人工衛星で座標を知る

地上で衛星の電波を受信すると、位置や距離の測定も可能です。衛星を頂点とした三角測量ができるのです。地上の2点は互いに見えないほど離れていても構いません。この方法は島の位置の確定などに威力を発揮しています。反対に複数の衛星を使えば、地上を頂点とした三角測量もできます。条件さえよければ標高を測ることさえ可能です。このシステムはGPS(Global Positioning System)とよばれ、移動体が他の地上設備の助けを借りずに位置を知ることができます。受信と演算をおこなう装置は、電子機器の進歩により船舶や航空機に搭載できるほど小型化され、衛星航法を可能にしました。最近では一般向けの携帯型や、自動車に搭載してディスプレイ上の道路地図に現在位置を表示するカーナビゲーションシステムも実用化されています。

(6).大陸間の距離

衛星ではありませんが、電波天文学を応用した測量もあります。クエーサーのような電波を出す星に2地点からアンテナを向けて、受信した電波の時間差から、距離を求めるのです。この方法では大陸間の距離も、センチメートル単位で求めることができます。数十年間にわたって測りつづけることで大陸移動の実測も可能になったのです。


■ 5.他の天体へ

(1).宇宙を航海するキャプテン・クック

宇宙からの測量技術は、地球だけでなくほかの天体へも応用することができます。1950年代になると、地球を飛び出した探査機は測量者の目となって太陽系の天体の測量を開始しました。高性能の探査機器とコンピュータを装備したロボット探査機は、現代のキャプテン・クックといえるでしょう。

(2).月の表は見たままが地図

月の場合は、望遠鏡で表面を観察することができるため、ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642)の時代から、多くの観測者がスケッチを残してきました。地球上から月を観るということは、静止衛星から地球を観るのと同じことなので、かつての地上の測量者のような探検と実地測量の苦労はありません。17世紀のアマチュア天文家ヨハネス・ヘヴェリウスは、緻密な月面図を作製し、影の長さから山の高さの測定を試みています。19世紀末になると写真による測量もおこなわれるようになりましたが、本格的な科学測量は1950年代、月旅行をめざすようになってからのことです。

(画像:月面図

(3).アポロに積まれた月面図

まず立体写真により地形図が作製されましたが、地上にいる限り“表側”しか観ることができません。完全な地図を作るためには探査機を打ち上げて、あらゆる方向から撮影するしかありません。1959年、史上初めて月の裏側を見せてくれたのはソ連のルナ3号です。それから米ソの探査競争がはじまり、突入型、軟着陸型と進歩し、1966年からのアメリカのルナオービターは、月軌道を回って多くの写真を電送してきました。こうして精密な月面図が作製され、アポロ宇宙船の飛行士は、1/1100万〜1/5000までの何種類もの地図を持参していきました。現代の探検は到達する前に地図ができているのです。

(4).運河が見えた火星の場合

火星は大型の望遠鏡で見てもせいぜい指先程度の大きさにしか見えません。しかも大接近するのは2年に1度だけなので、19世紀末になってようやく表面の様子が観測されるようになりました。火星人伝説を生む原因となった“運河”は、1877年イタリアのジョヴァンニ・スキャパレリや、94年に私設天文台を設立したアメリカの富豪パーシバル・ローウェルによって“発見”され、詳しくスケッチされると、多くの科学者が信じてしまいました。1971年火星に到達したアメリカのマリナー9号は、1年にわたって軌道を回り、映像と測定データを地球に送り続けました。地図制作者は、豊富なデータを駆使してあっと言う間に地形図を完成させてしまいました。巨大な峡谷はいくつも発見されましたが、それはかつてスケッチされた運河とは全く別のものでした。彼らはクレーターや山の影、それに雲を線と見誤り、これがきっかけとなって、頭の中で想像したものが見えるようになってしまったのでしょう。

(5).金星の雲の下

さらに人類が直接降り立つことはないであろう金星(表面温度は470℃)でさえも地図が作られています。厚い雲に多い尽くされているため、外から地表を見ることはできないのですが、ソ連の探査機ヴェネラシリーズとアメリカのパイオニア金星1号が、軟着陸に成功し写真撮影をおこないました。さらに1989年に打ち上げられたアメリカの探査機マゼランが、開口合成レーダーを使って地表の凹凸を精密に測定したのです。地形図を作製した結果、クレーター・断層・山脈・平原・火山などの存在が確認され、内部の状態や成因を推測する重要なデータを得ることができました。

(6).はじめに地図ありき

かつて地球上では、地図のない場所へ行き、測量をして地図を作ってきたのですが、今後人類が他の天体へいくときは、降り立つ前にすでに精密な地図ができているはずです。“はじめに地図ありき”、我々はもう地図に描かれていない場所へ足を踏み入れることはないでしょう。こうして今では、生物のいない天体であれば、1機の探査機で簡単に地形図を作製することができるようになりました。しかし人類の住む地球ではそうはいきません。人工的な事物が満ちあふれ常に変化する地球では、地図が完成することはなく、地道な測量を永遠に続けていくしかありません。住宅地図の出版社では、建物の更新や居住者の変化に対応すべく、調査員が足で調べつづけています。


■ 6.電子化された地図

(1).製図と製版の技術

地図は、測量・製図・製版・印刷の過程を経て出版されます。20世紀になると、測量には写真や高度な電子機器などのリモートセンシング技術が使われるようになり、印刷では多色図版を高速に印刷できるオフセット印刷が導入されました。ところが製図と製版は、便利な道具が使用されるようになったものの、基本的には手作業でおこなわれています。たとえばスクライブペーパーは、カラーコーティングされたフィルムのことで、製図された地図の上にスクライブペーパーを重ねて透けて見えるようにして、スクライバーとよばれる道具で必要な線や記号の形にコーティングを剥していくのです。修正液を使えばやり直すこともできます。できあがったら露光して写真版を生成します。銅板をけずるよりは楽ですが、熟練した技術が必要なことに変わりはありません。地形図はただ正確なだけでなく、見やすさと美しさが必要で、高度な技術と経験を持ったカートグラファ(地図製図者)の仕事を欠くことができないのです。基本的な地形図ならこの方法でもよいのですが、現代ではさまざまな分野で、特定の用途に向けた多様な地図を短期間で作ることが求められています。

(2).コンピュータによる自動製版

1970年代になると、海図の作製にコンピュータが利用されるようになりました。コンピュータは、船に積まれた音響測深機(超音波の反射を利用する)で測定した水深を記録し、水深別にクラス分けして連続線のリストを生成します。このデータをプロッタに出力すると等水深線が描かれるのです。コンピュータを利用すると何が変わるのでしょうか。まず測定し直したときの改訂を素早くおこなうことができます。また基本図と縮尺や敷居値、あるいは投影法を変えた地図を簡単に作製することができます。たとえば基本図では10メートル刻みだった水深を、20フィート刻みに変更することもできるのです。このように地理的なデータを数値化してコンピュータに記録しておくことで、望みどおりの地図を得ることができるようになります。70年代後半から80年代になると、コンピュータグラフィック技術の進歩により、スクリーン上で設定を変えながら最適な図式を探したり、図形を編集することもできるようになりました。

(3).統計データを地図化する

コンピュータ地図のもう一つの役割は主題図の作製です。はじめは統計データを等値線図やコロプレスマップの形で地図の上に描くだけでしたが、統計データの性質に合わせて地図そのものを変形してしまうことも考えられるようになりました。従来の地図では、地点間の位置関係は、距離と方位を表わしていますが、たとえば地点間の移動に要する時間とか交通量を表わすように変形してしまうのです。知識としてわかっていたことでもイメージ化することで理解が容易になるし、新しい発見をすることもあるでしょう。経済学者も歴史学者も植物学者も、関心のあるテーマを地図化して研究できるようになりました。地図は大地の状態をミニチュア化して表現したものではなく、空間に広がる問題を考えるための道具になったのです。

(図:南米各国の1人当たりのGDP)
南米の国民総生産地図
値の大きさによって地区(国)の面積を変えてしまうカルトグラムは、専用のソフトがなければ作れないのですが、この例のように矩形ブロックの数に置き換えれば、作図ツールでも作れます。

(4).空間シミュレーション

さらに新しい使い方として、空間のシミュレーションもおこなわれるようになりました。気象の数値予報が代表的です。地形のデータと気象のモデル、それに現在までの気象データを入れて、将来の変化を予測するのです。時間を進めたり遡ったり、別の時間へ飛んだりすることができるのです。ほかにも大陸移動のシミュレーションや交通渋滞のシミュレーションなどがおこなわれています。

(5).コンピュータの中の地球

地図を電子化することで、コンピュータの中に地球が再現されようとしています。そしてソフトウェアの進歩によって、表現方法も多様になってきました。プトレマイオスが述べていたように、世界のあらゆる現象を絵によって表わしたものが地図であるなら、コンピュータは地図を作る最適な道具になっていくでしょう。



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